飼っている亀の話

 小学生の頃から、私は亀を飼っている。

 

 正確には我が家が亀を飼っていたのだが、世話は私しかしないため、つまるところ私が飼っているのだ。もともとは2匹飼っていたが、もう1匹は台風の時にどこかに消えてしまった。そんなわけで私は1匹の亀を飼っている。玄関先で番亀とも言えぬ佇まいでカレはこの10年以上そこにいる。

 

 私はこと動物に対しては存外機械的な人間で、世話とは言うものの餌を定時にやり、週に一度水槽を洗うのみで、特にそこに娯楽を見出してはいなかった。

 先日、手持ち無沙汰に初めて亀の観察をした。世話をしていたものの私はその実、カレを一度も”観て”いなかった。彼は餌を食べる時は水槽の端までうんっと首を伸ばし、くちばしのようなもので餌を噛み砕く。買ってきた餌のサイズが合っていないのか、取りこぼしも少々あり、ハラハラと崩れ水底に溜まっていく。

 

 カレは私が餌をやる人間だということにうすうす気がついているようだ。私が水槽の近くにいると、水槽の壁に向かい届くはずもない手を伸ばしコチラへ歩み寄ろうとする。父や母にして”嬉しそう””なついている”と言わしめるこの動きは、私にはただの餌を欲する行為にしか思えなかったが、それでもその必死さだけは汲み取っていた。

 

 寂しいのかもしれない、とふと思う。カレは実際両親が言うように、私にある種の好感を抱いていて、私が水槽の傍にいるとその寂しさを食い潰せるのかもしれない。一瞬油断した時にそう自惚れてしまったのだ。

 こうなってくると途端、カレがかわいそうに見えてくる。10数年来、彼に対して持ち合わせていなかった愛情を感じ取りそうになる。それは、困る。正直言ってしまえば私は彼に対して、家で飼育するほどの情熱は持ち合わせてはおらず、しかしカレがかわいそうであるならば外に住ませ1匹きりにするのも忍びないのだ。

 

 私はこんな事を数分考えながらボゥと亀を眺めていたが、最終的にはソレには感情がないということにして此処を納めてしまった。だってソレに感情があっては私が困るのだ。透明な壁を引っ掻きコチラへ寄ろうとするソレは、単に腹が減っているのだろうと決めつけ、餌の2,3粒を摘み水槽に投げ込み、私は逃げるように部屋の中に入った。

 

 それでも何か居所の悪い私は、少し小さめの餌と、少し大きめの水槽を買うため街へ繰り出した。